「木」の自転車を試作
 アマンダ・スポーツの千葉洋三さん

 
 ニスで仕上げられた木のフレーム(車体)が、木目を薄くにじませながら、静かに輝いている。
 タイヤやクランクの動力部分は別だが、後輪も、前輪も、ホイールは木製だ。まるで今すぐ、1人でに走り出し、なめらかに風を切り分けて、春の野山を快走しそうな雰囲気がある。だ。そばに立つだけで、その爽快感が見るものの体からわき上がってくる。
 木は、最近のハイテク素材に比べてひどく重い、たわみ、歪みで、精度と強度が不足すると思われがちだ。木は、自転車の素材には「最も向いていない材質」だ。



 「そうなんですよ。事実車輪(ホイール)にしても、完全な真円にならない。ところが実際に走らせてみると、これほど快適で、速く、疲れないものはない。なぜなら、木は、自転車特有の振動を食べてくれるからです。吸収してくれるんです。最近は軽いのでアルミ材が多用されていますが、アルミは振動を吸収しないから、乗り手に疲労を残してしまう。乗ることが苦痛ではなく、乗るだけで快感の自転車。それが私らが追い求めるべきものなのです」。
 自転車の設計・制作者として世界的に有名な「匠」千葉洋三さんが、木製の自転車を造った。2004年3月5日から千代田区の科学技術館で行われる「ハンドメイド・ サイクル ショー」に出品される。3日、事前に見せて貰った。
           ( 注=この作品は、最高得票で部門、総合のGPに輝いた)
 JR田端の駅を北へ歩くと、新幹線のガードをくぐる。線路に沿って右に曲がると田端新町1丁目。自転車、特にフレーム(車体)設計・製作者としてプロ・レーサーからも高い名声を得ている千葉洋三さんの工房(アマンダ・スポーツ)はそこにある。
 たいがいの人は、初めはそれと分からずに行き過ぎてしまう。コンクリのたたき、アルミ・サッシの開き戸。奥に旋盤やらの工作工具、金属の削りかす。昔はこのあたり一帯、似たような作業場や町工場が並んでいた。今は、めっきり減った。アマンダ工房は、生き残っている。都電なら荒川線だ。頑固おやじ? 
 いや、千葉さんは、頑固おやじではない。「何々はだめだ」ではなく、「何々は非常にいい」が、千葉さんの職人気質の原点だ。特長を見抜いて、「今度はそれを試してみよう」。柔軟な発想、堅固な信念。奥さんの美直穂さんと2人、前掛けして、1台1台、丁寧に手作りの自転車を仕上げている。

 

 桜材を、ヒバ材2枚ではさみ、厚さ3a幅4aの板ができる。これを、カーボンのラグで組み合わせる。横から見ると、経常的に市販のアルミ・フレーム車にも見えるが、前後から見ると繊細なほど薄い。後ろの細い材(シート・ステー、チェーン・ステー)は桜と胡桃材。後輪はバルサとカーボンで組まれ、リムは木曽檜。前輪のリムはぶな板。針葉樹と広葉樹の、見事な組み合わせだ。「木は人間にとって最高のパートナー」と、千葉さんは言う。
 総重量は約9`。芸術を越えた工芸品だ。
 1949年9月24日、東京生まれ。早くから自転車に魅せられ、クロームモリブデン(鉄)鋼のフレーム製作で有名な石渡製作所で仕事を始めた。
 「当時から、実は木にも興味を持っていた」そうで、73年に現在の手作り工房「アマンダ(AMANDA)スポーツ」を開設したが、材質としての木をとことん知るために、レーシング・カヌーやヨットの製作所でも研修した。
 柔らかさの「木」だけでなく、逆に最も硬派の繊維素材、「カーボンファイバー」にも日本では最も早くに取り組んだ。84年頃には、世界に先駆けたディスク(円盤)状の車輪も発表した。自転車製作の、夢追い人。
 欧州に挑戦したプロ・レーサーの先駆者、市川雅俊氏らも、千葉さんのフレームを使った。つい最近も、厳冬期のアラスカで北極圏に挑むという奇跡的な快挙を達成した日本人サイクリストがいるが、ヘビーデューティなその冒険車を製作したのは千葉さんだった。
 今回の挑戦はーー「木のすばらしさを、もう一度表現したくなった」。ハイテク最先端の素材と、昔ながらの日本の素材を同居させる、技術者の冒険の旅。

  

 AMANDA(電話03−3809−2477)では、弾性率が非常に高い(硬い)カーボンを使った、折りたたみ自転車などを手作りで一般に提供している。カーボンは、踏む力、回す力を最小限のロスで推進力に変える。中高年の愛好者が、口づてに噂を聞いて、オーダーに来る。特性の木製リムは、使った人の間では神話になっている。頂点のプロ競技者も、門を叩く。だれにも、分け隔てなく千葉さんは接する。単に速くなろうとする人だけでなく、何かを突破したい、越えてみたいというチャレンジ魂の若者(またはヤング・アット・ハート)が来ると、相好を崩して、相手する。
 夫妻は月・火の休日を利用して、自転車ならしばしば100`、200`と遠乗りし、冬場は自製の板でクロスカントリー・スキーを愉しんでいる。
 木製自転車は、ショーでも大きな話題を呼びそうだが、込められた魂は、冒険者のそれ。独特の波長に共振して、強烈な刺激を受ける自転車人は、少なからずいるはずだ。

  (注=本記事は日刊スポーツのインターネット・コラムで紹介したものだが、読んだ千葉さんは、「どこの千葉さんかなあ」と苦笑されていた)